2.色素胞運動の神経による制御

光情報の神経系への伝達

これまで見てきたように、変温脊椎動物の真皮色素胞には運動性を有するものが圧倒的に多い。この運動性は神経系や内分泌系にコントロールされているが、直接の刺激は眼を介して受容される外界の光である。

腹側・背側の網膜にある視細胞からの情報と背地色への順応

光が当たるところでは、動物の眼の網膜にある視細胞が、上方から差し込む入射光を腹側の網膜で直接受容する。背地からの反射光は背側の網膜視細胞で受容されるが、背地の色が白ければ、かなりの光量が反射されるだろうし、黒ければほとんど反射されない。腹側・背側の網膜にある視細胞から感覚神経を介して中枢にもたらされた情報に基づき、入射光と反射光の光量比が判断され、自分がいる背地の明暗を認識する。このように側眼で受容された視覚情報は中枢で統合され、末梢神経系や内分泌系の活動を誘起し、皮膚に存在する色素胞の運動性によって体の各部分の色が変化する。

結果的には背地の色に非常によく似た色や模様になって隠蔽的効果を持つようになる。 体色変化が動物の生き残りのための極めて重要な戦略となっていることは容易に想像できよう。

交感神経による色素胞の支配

色素胞の神経支配は硬骨魚類で特に著しい。魚類の色素胞は交感神経による単一支配を受けている。vonFrischがアブラハヤの1種 Phoxinus leavis について記載した経路は他の魚類にもほぼ当てはまる。すなわち、神経支配の中枢は延髄中にある。節前繊維は脊髄の途中から交感神経鎖に入り、体の前後方向に分かれ、交感神経節で節後神経細胞とシナプスを形成する。節後繊維は脊髄神経、頭部では三叉神経に混入し、皮膚の色素胞に達する。

ノルエピネフリン(NE)に対する反応

交感神経節後繊維の末梢部から色素胞表面に放出されるアドレナリン性伝達物質は、ノルエピネフリン(NE)を主体としている(→図2)。 色素細胞周辺に存在する神経繊維がNEを含むことは、組織化学的蛍光顕微鏡法、オートラジオグラフ法によって確かめられており、しかも神経刺激に応じて標識NEが放出されることから、神経伝達に関わっていることも明らかである。

神経を電気刺激したり、皮膚標本の周りにNE溶液を入れると、黒色素胞や赤・黄色素胞内の色素顆粒は素早く凝集する。皮膚標本をフェントラミン、フェノキシベンザミンなどのアドレナリン性α阻害剤で処理すると、神経刺激や外から加えたNEの凝集効果が消失するが、プロプラノロールなどのβ受容体阻害剤は効果がない。 したがって、これらの色素胞には主としてαアドレナリン受容体が存在する。ところが、白色素胞では光散乱性の細胞小器官が神経刺激に応じて拡散する。体色変化の効率化にはこの相反的反応は目的に適うものである。

白色素胞の細胞膜にはβアドレナリン受容体が存在することがわかり、細胞内の二次メッセンジャーである環状AMP(cAMP)の濃度上昇により拡散が起こったと推論された。

黒色素胞のように凝集が起こる場合は、α2受容体が関与し、細胞内cAMPが減少しているが、イシノトール三リン酸(IP3)やカルシウムイオンの関与が見られる魚種もあり、その場合はα1受容体を介していると考えられる。 ルリスズメダイネオンテトラなどの運動性虹色素胞もαアドレナリン受容体を持ち、NEの作用で反射波長を長波長側に移動させる。 ドンコなどの、反射小板を凝集・拡散させるタイプの虹色素胞では、NEで小板の拡散が起こる。 この反応を仲介するのもαアドレナリン受容体であり、黒色素胞などで色素顆粒の凝集が起こるのとは対照的である。両者で運動メカニズムが異なることを示唆している。

交感神経による単一支配が実質である硬骨魚類の色素胞の神経制御が、実は極めて巧妙な仕組みで相反的二重支配に似た機能を示すことがわかってきた。交感神経繊維の末端から真性伝達物質の作用とは逆の色素顆粒拡散を生じるATP(アデノシン三リン酸)が同時に放出され、である(→図2)。この機構により、一旦生じた色素凝集状態が速やかに解消でき、結果として環境適応に要求される極めて迅速な体色変化が可能になる。

アセチルコリンに対する反応

 自然は多様であり、時には例外的なこともしばしば体験するが、魚類の色素胞の神経伝達においてもそうした例が見いだされた。 ナマズトランスルーセント・グラスキャットフィッシュなどの黒色素胞は、NEではなく、アセチルコリンに対して色素顆粒凝集で反応したのである。

この反応はムスカリン型コリン受容体の阻害剤(アトロピンなど)で容易にブロックされる。したがって、副交感神経の末梢での伝達を仲介するのと同様なムスカリン型受容体が存在しており、通常の魚種でみられるアドレナリン性のα型受容体に置き換わって伝達に関わっていると考えられる。 しかし、この系は、神経伝達物質がアセチルコリンであっても副交感神経に属するものではなく、正に交感神経であり、例外的にコリン作動性である。このようにナマズ科の魚種にはαアドレナリンの受容体は欠失しているが、β受容体は存在しており、色素顆粒の拡散を仲介する。 神経伝達物質としてのNEの放出はないのだから、クロム親和細胞由来のホルモンとしてのエピネフリンの作用に関与しているのであろう。

一方、神経伝達は通常のアドレナリン性だが、ムスカリン型アセチルコリン受容体を併せもつ黒色素胞もある。ナマズ目のかなりの数の科の魚種、系統的にナマズ目に遠くないコイ科のカワムツオイカワでもこうした黒色素胞が混在することが判明し、系統発生的に興味が持たれる。

模様の変化と神経支配の関係

最後に、模様の変化と神経支配の関係について言及したい。ハゼ科のヨシノボリをいろいろなサイズの市松模様の背地に適応させると、多数の交感神経繊維が差動的・体系的に機能することが報告されている。また、カワスズメ(ティラピア)類のHaplochromis burtuni における、“eye bar”と呼ばれる顔面の黒条が急速に出現・消失する現象は、交感神経の活動による。スズキ科の淡水魚オヤニラミティラピアの仲間の、行動に伴う様々な模様の変化も神経制御によると考えられているが、詳細な解析は今後に待たなければならない。 いずれにしても、こうした模様の素早い変化は隠蔽色として、あるいは同種間のコミュニケーションのために機能するものであり、動物行動学上も興味深い現象である。


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