掲載:2009年7月23日

第102回鳥島アホウドリ調査(2009年6月)報告

鳥島の頂上部で泥流防止のための砂防工事を実施

 2009年6月14日から21日まで鳥島に滞在し、集中豪雨のときに火山灰が泥流となって燕崎斜面に流れ下ることを防止するため、鳥島中央部の硫黄山(標高394m)と東側の峰の旭山(387m)にはさまれた谷筋の区域(250〜270m)で砂防工事を行ないました。小型堰堤3基を補強し、そのほかの3基をも部分的補修したので、これによってしばらくの間、燕崎斜面への泥流の流入を防ぐことができるはずです。この砂防工事の背景と実際の作業を説明します。

砂防工事の歴史

鳥島の主峰である硫黄山と東峰の旭山の間には、火山噴出物が堆積した平坦で広い場所があり、かつて鳥島気象観測所の人々はここを「朝日球場」と呼んでいました。この一帯に多量の降水があると、集まって一条の水流となり、両側の峰の斜面からのいくつもの細流と合流して、燕崎の斜面に流れ下ります。その水流は勢いを増すと泥流となって、土砂を燕崎に運搬します。

 この区域には、1993年から2002年にかけて、環境省・東京都によって砂防堰堤(大型2基、小型6基)が築かれました。しかし、強風で飛ばされた火山灰が蛇籠の網に当たって表面の亜鉛メッキを摩耗させ、その下の鉄を海水の飛沫が錆びつかせ、それが繰り返されて、鉄線がしだいに細くなって蛇籠が破れ、堰堤の砂防機能の一部が失われました。
また、1939年の噴火で噴出し、堰堤の右岸(硫黄山側)に堆積している黒色のざらざらした火山灰(軽石のような安山岩質岩滓堆積物)は比較的軽く、強風によってたやすく吹き飛ばされます。とくに上流側の4基は、「風の通路」となる、平坦な鞍部に設置されています。そのため、堰堤の右岸側の地面が風によって掘り下げられ、とくに上流側から2、3番目の堰堤では、その部分に水が流れ込んでさらに溝が掘られ、水路が形成されました。こうして2007年11月には、水が堰堤の右岸を「回り込んで」流れるようになり、その水流によって土砂が削られ、細い流路が形成されていました。さいわい、このとき泥流は燕崎斜面には達しませんでした。

 しかし、2008年5月から6月に、台風2号(5月13日、975hPa)、台風4号(5月21日、990hPa)、台風5号(6月3日、985hPa)が、あいついで鳥島に接近・直撃し、それらによってもたらされた大雨が泥流を発生させ、多量の土砂を燕崎斜面に運んで中央排水路に堆積させました(土砂の量はおおまかな推定で約450立方メートル)。2008年11月の第100回調査のとき、その後に起こった泥流が土砂を燕崎斜面の上部に運んだものの、中央排水路へ土砂を追加しませんでした。このとき、上流側から数えて、2、3番目の堰堤の「回り込み」が激しかったので、これらの早急な補修が必要だと考えられました。そして翌年4月までに、さらにおよそ150立方メートルの土砂が中央排水路に追加されたのでした(第101回調査報告参照)。
その結果、中央排水路に流れ込んだ土砂を受け入れる“溝”が満杯になり、もしつぎに泥流が起これば、そこから外に流れ出て、西地区コロニーの内部に流れ込む可能性が高くなりました。2003年と2004年に環境省・東京都によって中央排水路から土砂除去工事が実施されて以来5年ぶりに、再び従来コロニーに土砂が流れ込む危険な状態になったのです。

 

今回の砂防工事

 この工事の目的は、以前に環境省と東京都が行なった砂防工事を補完し、豪雨のときに水が流れても、いくつかの小型堰堤で水の流れを止め、土砂の移動を防ぐことです。そのために、「回り込み」を起こした堰堤(写真1)を補強することが最優先の課題でした。

▼ 写真(1) 「回り込み」を起こした堰堤(上流側から3番目)


▼ 写真(2) 水流によって形成された流路(上流側から2番目、以下同じ)

 

 このために、農作業用の一輪車を現場に持ち込んで堰堤の周辺部から多数の石を集めて運び、形成された流路(写真2)に積み上げました(高さ約1m、写真3)。それ沿って、まず、上流側にタキロン製トリカルネット(厚み3.2mm、網目ピッチ2.5cm、幅2m:ポリエチレン製で錆びない)を敷き、つぎに、ポリエチレン製土嚢袋に砂を入れてその上に4〜5段に積み上げました(写真4)。その後、トリカルネットで土嚢堤を包み(写真5)、ステンレス製の針金で網を固定し、その上に土砂をかけて堰堤を完成させました(写真6、7)。合計3基(2、3、4番目)の堰堤で、総延長14m(6m、5m、4m)の補強を行い、このために約300枚の土嚢袋を使用しました。

このほかに、3基の堰堤で脇や下流側に石を積んで、それらを補修しました。

 

▼写真(3) 流路に積み上げられた石


▼写真(4) 敷いたトリカルネットに積み上げられた土嚢袋


▼写真(5) トリカルネットで土嚢袋を包んだ「プラスチック蛇籠」


▼写真(6) 土をかけて完成した堰堤


▼写真(7) 完成した堰堤(下流側から見る)

 

今後の課題

 上記の作業を、雨や風の中、ひとりで行なったので、それに多くの時間がかかってしまい、結局、準備した除雪作業用のスノーカートを用いて、燕崎斜面の中央排水路に堆積した土砂を排出することはできませんでした。また、滞在中、鳥島には梅雨前線がかかり、連日雨で、岩場が滑りやすくなっていて、さらに風の強い日もあり、風圧を受けるスノーカートを背負って、高さ100m近い燕崎の崖を降りることはかなり危険でした。

 今後、約600立方メートルにものぼる土砂を中央排水路から短期間に排除するためには、人力だけではなく、機械力(エンジン付きの機械)をも利用しなければなりません。いま、その候補と考えているのは、ブレード付き小型除雪機です。これはごく小さなブルドーザーのようなものですが、重量(約60kg)があるので、いくつかのパーツに分解しなければ燕崎の斜面に持ち込めません。もし搬入可能なら、土砂を斜面の下側に運搬するのに(土砂を少しずつ移動させる)大いに役立つはずです。

 

反省すべき点

 2007年11月の時点で堰堤が機能を失いかけていたので、2008年4月の調査期間中に、石や土嚢袋を積むなどの応急手当をしておけば、中央排水路への土砂の堆積を防げたかもしれないと反省しています。ただ、そのとき、堰堤の状況は前回の調査からほとんど変化していなかったので、「しばらくは保ちそうだ」と安易に考え、応急手当を怠ってしまいました。
 その直後に、5月としては異例の相次ぐ台風の接近・直撃で、多量の土砂が燕崎斜面に流れ落ち、中央排水路に堆積するという事態を招きました。そのときには、砂防工事のための物品をもって行かなかったので、従来コロニーの周辺部にチガヤの株を移植して、強風や突風による飛砂を防止する工事しかできませんでした(その結果、従来コロニーにおける繁殖成功率は大幅に改善され、近年最高の72.9%を記録しました。小笠原諸島聟島列島に運ばれた15羽のひなを含めれば77.1%という驚くほどの高率になったのです)。

 欠けていたのは、危険性に対する想像力です。どんな小さなことでも、それがもたらすかもしれない危機を予見し、“傷”が深くならないうちに予防的対策をとることが大切です。そうすれば、被害が少ないだけでなく、費用と努力も復旧のためより少なくてすみ、経済的であるからです。今後は、この“予防原則”を徹底させようと思います。

 

 

 

 

調査報告一覧