掲載:2009年2月20日
1973年5月7日、ぼくは、鳥島でアホウドリの調査を終えたばかりのイギリス人鳥類学者、ランス・ティッケル博士(Dr. Lance Tickell)とまったく偶然に出会い、彼から強い刺激を受けた。それから3年半後の1976年11月に、初めて鳥島に近づき、船上からアホウドリの繁殖状況を調査して、69羽を観察した。このときの鳥島集団の繁殖つがい数は約42組、総個体数は185羽と推定され、その繁殖期には15羽のひなが巣立った。
それから32年の年月が過ぎ、先週、ぼくは100回目の鳥島調査を終えた。現在、鳥島には418組のつがいが営巣し、成鳥・若鳥あわせて683羽が観察された。鳥島集団の総個体数は約2100羽と推定され、アホウドリの個体数はこの32年間でほぼ10倍に増加したことになる。
ぼくはアホウドリの繁殖状況を監視調査するだけでなく、現場での保護活動にも積極的に関わってきた。最初の取り組みは、植生が衰退してした営巣地への植物(ハチジョウススキ・イソギク)の移植だった。その後、営巣地のある急斜面で発生した地滑りとその後の泥流から繁殖コロニーを守るために、砂防と植栽を軸とする保全管理工事を継続して、営巣環境を改善し、繁殖成功率を60〜70%に引き上げ、維持することに成功した。その結果、昨繁殖期には従来コロニーから241羽のひなが巣立った(このほかに10羽が小笠原諸島に運ばれた)。
また、鳥島の北西側になだらかに広がる、地滑りのおそれのない“安全”な斜面に、デコイと音声再生によって新コロニーを形成する「デコイ作戦」にも12年かかって、2004年に成功した。ここでは、昨繁殖期に35組のつがいが産卵し、25羽のひなが巣立った。今期は50組のつがいが営巣している。この新コロニーは、混雑してきた従来コロニーからの若齢個体の移入によって急速に成長していて、2011年には約100組に到達すると予想される。ここでの繁殖成功率は平均74%で、従来コロニーより11%も高い。したがって、新コロニーから巣立った数多くのひなが繁殖年齢(約7歳)に達する2015年以降は、新コロニーの成長はさらに加速するにちがいなく、2020年には約500組が営巣するようになるであろう。
鳥島集団の繁殖つがい数は、これまで年率7.54%(9.5年で2倍)で増加してきた。鳥島が火山の噴火を起こさず、アホウドリ集団が今後も順調に増加すれば、2011年には繁殖つがい数は500組を超え、2020年には約1000組に回復するにちがいない(総個体数は5000〜6000羽)。さらに、2030年には約2000組、10000羽以上になるだろう。今後、アホウドリの数が増加するにつれて鳥島の景観が変化してゆく。ぼくは、“夢”だったその風景を、自分の目で見続けたいと思う。
半世紀前にはわずか数十羽に減ってしまったアホウドリは、現在、約2000羽にまで個体数が回復した。しかし、彼らに残された繁殖地は、火山噴火のおそれのある伊豆諸島鳥島と、日本・中国・台湾の間の領土問題を抱えている尖閣諸島(南小島・北小島)の2カ所だけで、この種の絶滅の不安が払拭された訳ではない。そのため、アメリカ合衆国や日本、オーストラリア、カナダの野生生物保護関係者からなる「アホウドリ回復チーム」(Short-tailed Albatross Recovery Team)は、将来、この種を安定した個体群として存続させるために、第3の繁殖地を形成する計画を議論し(2002〜04年)、作定した。
その新繁殖地として選ばれた場所は、小笠原諸島北部に位置する聟島列島である。ここは、鳥島から比較的近く(約350km南)、非火山の島であるため噴火のおそれもなく、領土問題もない、きわめて“安全”な島である。また、ここでは1930年代までアホウドリの繁殖が確認され、現在も時どきアホウドリの飛来が観察されている。
いつ起こっても不思議ではない鳥島の噴火にそなえ、できるだけ早く聟島列島にアホウドリの繁殖地を形成するためには、鳥島で行なわれた「デコイ作戦(デコイと音声再生による誘引)だけでは不十分で、もっと積極的に、鳥島で生まれた幼いひなを聟島列島まで運び(Chick translocation)、そこで人間が巣立ちまで野外で飼育をして、海に飛び立たせなければならない。そうすれば、巣立ったひなが数年後に育った場所に戻ってきて、繁殖を開始するはずである。これは、アホウドリの行動学的性質(出生地の“刷り込み”)を利用する方法である。
この世界初の大計画の開始にあたり、2005年3月に聟島列島の島じまを現地調査し、営巣地としての適性や物資搬入の容易さを比較し、他の調査研究活動との関係を配慮して、候補地を聟島本島の北西端に絞り込んだ。
小笠原諸島のなかでも、聟島列島は小笠原諸島固有の生物種が数多く現存している貴重な地域である。そのため、2006年に、我われが活動する区域に生息する固有種の現状調査を専門家に依頼した。その結果、その区域内に特別に配慮すべき固有種は確認されず、外来種を持ち込まないように注意しさえすれば、ひなの野外飼育活動にともなう島嶼生態系への影響は軽微だろうと判断された。これと並行して、ハワイ諸島カウアイ島でコアホウドリのひなを試験的に飼育し、その年の秋に聟島の北西端にアホウドリのデコイ(30体)を設置し、2007年には聟島に長期滞在してクロアシアホウドリのひなの試験飼育を行なった。
こうした準備をへて、2008年2月に鳥島からアホウドリのひな10羽を聟島に運び、5月まで飼育して、無事、すべてのひなを巣立たせることができた。我われはこの活動を継続し、できるだけ多くのひなを聟島から巣立たせ、近い将来、聟島列島にアホウドリの繁殖地を復活させることを目指している。
(http://www.yamashina.or.jp/hp/yomimono/albatross/ahou_mokuji.html)