|アホウドリ復活への軌跡|バーチャルラボラトリ|

2004年3月18日改定/2003年10月7日掲載

苦境に立つアホウドリ類

 国際的鳥類保護団体バードライフ・インターナーショナル(BirdLife International)の発表によると、アホウドリ類の大部分の種が、いま、絶滅の危機に立たされています。海洋の中でも陸地から遠く離れた外洋域で生活し、人間との接点がほとんどなく、人間活動の影響を受けないと推測されるアホウドリ類に、どうして危機が迫っているのでしょうか? 

原因は何か

 専門家の研究によって、その原因はマグロ・カジキ類などを対象とした「浮延縄(うきはえなわ)漁業(surface longline fishery)」やマゼランアイナメ(ギンムツ)やメルル−サ(ヘイク)、タラ類、オヒョウなどを対象とした「底延縄漁業(demersal longline fishery)」による「混獲(こんかく)(bycatch あるいはincidental take)」であることが明らかになってきました。

 例えば、マグロ延縄では幹縄(main line)の長さが1回に100 km 以上の長さに及び、それに数1000本の釣針(hook)がつけられます。それを1隻が1日に何回も投縄・揚縄します。したがって、1隻が1日に万単位の釣針を投入することになります。たとえ1回の投縄による混獲の頻度がわずかだとしても、1日の投縄回数や操業日数、操業船舶数が掛け合わされ、年間に数万羽のアホウドリ類が犠牲になるのです。

 少産少死の生活史特性をもつアホウドリ類は、成鳥の死亡率が増加すると潜在的繁殖能力が失われ、個体数が急速に減少します。死亡率が在る限度を超えると、個体数の回復が不可能になり、致命的打撃と受けることになります。

アホウドリ類の9割に絶滅の危機

 アホウドリ類は、従来の分類では2属14種に区別されていました。しかし、近年の遺伝子の分子系統学的解析によって、4属24タクソン(分類単位、この場合は種あるいは亜種)に区別されることが分かりました。従来の分類に従っていた時には、「絶滅のおそれのある種」(threatened species)はワタリアホウドリ、アムステルダムアホウドリ、アホウドリの3種だけで、それに準じる種(near-threatened species)が5種でした。

 しかし、1998年に新しい分類に従って、専門家集団が各種の生息状況を評価したところ、絶滅のおそれのある種が合計20種にのぼり(危険度の高い順に、特別危惧種 critically endangered:2種、絶滅危惧種 endangered :2種、危急種 vulnerable:16種)、それに準ずる種が1種で、残る3種のうち、2種は資料不足で、コアホウドリ1種だけが絶滅の心配はないと判断されたのです。

 驚くべきことに、それからわずか5年後の2003年に、さらに事態が悪化したのです。
 専門家は、世界のアホウドリ類すべての種の生存が危ぶまれると考えています(最近ではアホウドリ類を21種として取り扱い、特別危惧種:2種、絶滅危惧種:7種、危急種:10種、これらをあわせた絶滅のおそれのある種は19種で、それに準じる種が2種)。

 莫大な個体数を誇り、つい数年前まで準危惧種だと考えられていた南半球のマユグロアホウドリは今回、絶滅の危険度が2段階上がって絶滅危惧種 と判断されました。
 個体数が多くてこれまで絶滅の心配ないとみられていたコアホウドリも危急種と判定され、クロアシアホウドリは危急種から絶滅危惧種に危険度が1段階あがりました。
 日本の鳥島と尖閣諸島で繁殖するアホウドリは順調に個体数を増やしていることから危急種のままです。これで北太平洋のアホウドリ類3種はすべて絶滅のおそれのある種になったのです。

 絶滅の恐れのある種が増加したのは、細かく分類されたからだけではありません。アホウドリ類が現在も世界各地の海で延縄漁業によって数多く混獲され、各地の繁殖地で急速に個体数を減少させている、という2つの事実が判断のもとになっているのです。世界各地の海域でマグロ延縄漁業を大規模に展開している日本は、まちがいなく批判の矢面に立たされるでしょう。

絶滅の危機から救うためになすべきこと

 ただ、混獲を回避したり軽減したりする方法がないわけではありません。

 日本人が発案した方法(Tori line、streamer line と呼ばれる)を、アメリカとオーストラリアの研究者が現場で実際に試した結果、延縄を入れる時、船尾から約50mにわたって吹き流し状の揺れるひもをいくつも垂らして、「鳥避け」の役割をはたす“フェンス”をつくれば混獲の被害を大幅に減らせることがわかったのです。さらに、延縄に重りをつけて速く沈むようにすれば、さらに効果的であることもわかってきています。
 これらの研究成果をもとに、アメリカ連邦政府はアラスカ海域の底延縄漁業者に対して、この鳥避けを無償で提供し、混獲による海鳥類の被害を実際に軽減しています。
 また、日本人研究者は、釣針につける餌を青い食用色素で着色して海鳥類に見えにくくすれば(この方法はアメリカで開発された)、混獲を大幅に防止できることを明らかにしました。

 マグロ類やタラ類、ギンムツ、メルルーサなどを大量に消費している私たち日本人は、混獲のない漁業によって漁獲された魚を食べるようにしなければなりません。ほかの生物種を絶滅の危機に追いやって得られた魚をどうして美味しいと思えるでしょうか。

 また、この問題に真摯に取り組まないと、海洋生態系保全の立場から、公海での延縄漁業自体が国際的に禁止される可能性も出てきます。以前に潜水性海鳥類などを大量に混獲した結果、公海での操業が全面禁止された流し刺し網漁業(drift gill-net fishery )を思い出さなければなりません。

バードライフ・インターナショナルのアホウドリ類保護については以下を見てください。

http://www.birdlife.net/action/campaigns/save_the_albatross/index.html


延縄漁業によるアホウドリ類の「混獲」問題がはじめて議論されたのは、1995年8月にタスマニアのホバートで開催された第1回国際アホウドリ類会議でした。
これに参加した長谷川博は、その時の議論の一部を報告しました(長谷川 博:アホウドリたちの憂鬱.『世界』第616号145-152頁、1995年12月号)