標本化定理    Sampling theorem

簡単に言えば、

幅が W Hz 未満に帯域制限された信号を、毎秒 W 回以上の速さで等間隔サンプルすると、
そのサンプル値列から元の連続信号を復元できる

ということです。電力スペクトルを用いた証明など、いろいろ考えられますが、ここでは、実際に設計する方法につながる証明を試みます。

この定理を証明するためには、次の二つの疑問、

      • 帯域制限とはどういうことか?
      • 復元は一意的なのか?

に答えればよいことが分かります。 以下、この疑問に答えてみます。

まず、「帯域制限」の物理的意味を考えてみましょう。 ある信号が、未来永劫にわたって、ある周波数以上の成分を持たないことをどのように言えばいいでしょうか? 周波数は未来永劫にわたって続く単振動を意味しているので、もし一瞬でも高い周波数が発見されれば、過去から未来にわたって、その単振動が存在することになります。 では、この高い成分がゼロであることを決定的に言うには、なにを言えばいいでしょうか? 周波数分析のページで、窓関数を用いた信号分析を説明しました。 これは、時々刻々、信号の周波数成分が変化する様子を調べようとするものでした。 この道具を使って、どの時刻でも高い成分が見つからないということを定義してみます。 周波数分析では、窓関数を狭くするには限界があるという不確定性がテーマでしたが、ここでは、そのテーマから外れて、次のような特別な窓関数を選びます。

img2.gif  img3.gif

この窓関数は標本化関数 (sampling function ) と呼ばれています。 なかなか減衰しないので、周波数分析の思想からすれば最悪の関数です。 この関数を使った周波数分析は、

のように表せます。 この周波数分析の意味を、ちょっと違った角度からみてみます。  に固定すると、言い換えれば、 の軸上でみると、どのような意味をもつでしょうか? そのために、被積分関数を次のように{ }で分けてみます。

すると、周波数分析は、 と{ }内のコンボリューションとみなせます。 { }内をフーリエ変換すると、下図のように、帯域幅 W Hz の理想ローパスフィルターを だけシフトしたものになります。 すなわち、周波数分析の での信号は、下図の特性をもつフィルターの出力になっています。

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ということは、信号の周波数成分を W Hz 幅の矩形周波数窓で切り出していることが分かります。 特に、 ならば、

なので、理想ローパスフィルターの出力です。 以上から、

 信号が W Hz 未満に帯域(幅)制限されていることは、時間窓

による周波数分析が でゼロになることである。

と定義することが自然です。 この定義は、信号の全エネルギーが に含まれていることを意味するので、次のように言い直すことができます。 

 信号が W Hz 未満に帯域(幅)制限されていることは、

 

を満たすことである。

さて、この定義を使って、2番目の疑問を考えましょう。 証明したいことは、次のようです。

 W Hz 未満に帯域(幅)制限された二つの信号があって、
それらを T=1/W 秒周期の時刻

でサンプルした結果がすべて一致するならば、二つの信号は同じでなければならない。

幅が W Hz 未満に帯域制限された二つの信号を とします。 このサンプル値がすべて一致していると、信号の差

は、等間隔にゼロ交叉していなければなりません。 すなわち、

ここで、 はもちろん W Hz 未満に帯域幅制限されています。 この等間隔ゼロ交叉する信号の周波数分析を調べます。

ここで、ゼロ交叉の中間点、たとえば において、

としてみます。 すると、

は、下図から分かるように、 を除いて、 秒ごとにゼロ交叉していなけばなりません。 オレンジ色は 、青色は標本化関数です。 この二つのカーブの積 は、中心(t=T/2 の時刻)を除いて、T/2 秒ごとにゼロ交叉しています。

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これは、パルスのナイキスト条件ですから、 のフーリエ変換、すなわち、式(1)の周波数分析は、

を満たす必要があります。 この和の意味は、スペクトルを ずつシフトして重畳することですが、それが非ゼロであるためには、 の帯域幅が 2W Hz 以上でなければなりません。 これは、 の帯域幅制限の仮定から大きく外れてしまいます。 以上から、非ゼロの中間点はあり得ないことがいえました。 残る可能性は、 がすべての中間点でゼロ交叉することです。

直感的には、帯域幅が W Hz 未満でこの条件を満たす信号は 以外になさそうです。 もし帯域幅を、「未満」でなく、 W Hz まで含めれば、ちょうど W/2 Hz の正弦波

が条件を満たします。 理論的には、上で述べた中間点をとる操作を繰り返して、無限に細かくしていけば、あらゆる時刻で、

を言うことができます。 以上から、次の復元方法が得られます。

 帯域幅が W Hz 未満に制限された信号のサンプル値列

から、

によって復元される連続信号は、W Hz 未満に帯域(幅)制限されており、
一意的に元信号 を与える。

この理由は、帯域制限のもとでサンプル値列と元信号が一意的に対応すること、および、標本化関数の等間隔ゼロ交叉の性質から明らかです。 下図は復元の様子です。 青色は赤色の元信号のサンプル値 を振幅とする標本化関数を個々に描いたもの、黒い点はサンプル値 、赤色のカーブは元信号でもあり、青色のパルスを重畳した復元信号でもあります。 両者はぴったり一致します。

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以上は、サンプリング速度を最小にする理論限界の話ですが、このようなぎりぎりの状況を実現することはできません。 その理由は、復元に用いる理想ローパスフィルターが上のように長い裾を引き( 1/t のオーダーでしか減衰しない)、工学的に実現することができないからです。 そこで、サンプリング速度を速めて、速く減衰するローパスフィルターを用いて信号を復元します。 たとえば、下図の黒色の特性のアナログフィルターを使うことにします。このフィルターは、赤色の帯域内でフラットで、両側を正弦関数でロールオフしたものです(ロールオフの形状は左右対称ならば、理論的にどんな形でもかまいませんが、その時間応答が急減衰するものを選ぶべきです)。 もし、信号が赤色の帯域内にあれば、これが黒色のロールオフフィルターを通過しても変化しないはずです。 

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下図は上のロールオフフィルターの時間応答です。 このパルスのナイキスト周波数幅は 2W Hz なので、半分の周期 (T/2 秒)でゼロ交叉し、倍速のサンプリング系列から信号を復元できるはずです。

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実際に復元した結果を下に示します。 黒い点は T/2 秒周期のサンプル値、赤い細線は元信号、黄色の太線はロールオフフィルターで復元した結果です。 正確に重なっていることがわかります。

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注: 周波数分析からスタートしましたが、このストーリから、帯域が W1 [Hz] から W2 [Hz] に制限されているような直流を含まない信号も、ベースバンドに落として、帯域幅 W2-W1 [sample/sec.] でサンプリングできることが分かります。 復元は、内挿してから、変調することによって実現します。