ビット/秒    bit/sec

 このモデムの伝送速度は 64キロ [ビット/秒] です

といった記述をよく見ますが、このような表現は混乱を招きます。 たぶん、正または負のパルスで2値データ(1まは0)を送ることをイメージして、「一秒間に6万4千個のパルスを送るんだ」と理解しているのではないでしょうか? もしそうならば、

 このモデムのスピードは 64キロ [パルス/秒] です

と言うべきです。 “ビット” は情報を測るで説明したように、あくまでも情報量を測る尺度であって、64キロ [パルス/秒] の物理的速度で実質的にどれだけの情報を送っているかを問題にしています。 あえて、[ ビット/秒 ] という単位を使うならば、

 最大情報速度=64キロ [ビット/秒]

と言うべきです。 ときどき、モデムの仕様書などに、「物理伝送速度=○○Kbps」や「情報伝送速度=○○Kbps」という言葉を見かけますが、このような呼称は大変良いと思います。

注: 高等学校の教科「情報」の指導要領では、一枚のCDの容量(たとえば700メガ[バイト]など)やADCLの伝送速度(たとえば8メガ[ビット/秒]など)を「情報の量」や「情報の速度」などと呼び、本来の(シャノンの意味での)「情報量」や「情報速度」と区別せよとしている。 そして、シャノンの意味での情報量を高等学校では教えないこととしている。

下図はAD変換器(Analog to Digital Converter )です。 音声をマイクロフォンで拾い、その連続的電気信号を“”と“”の符号系列(物理的には正と負のパルスの列)に変換するものです。

img4.gif

まず、音声信号をサンプリングによって時間軸を離散化し、次に量子化によって電圧軸を離散化しましょう。 1秒間の音声信号が何個の“”と“”に変換されるかを決めるパラメータは、サンプリングのスピードと量子化の細かさの二つです。 これらのパラメータを、できるだけ経済的に決める原理は以下のようです。

(1) サンプリング速度(サンプリング回数/秒)
音声は4kHz以上の周波数成分をカットしても、品質に大きな劣化が無い。 とすれば、この音声信号を4KHz以上をカットするローパス・フィルターに通した後、8000回/秒以上の速度でサンプリングすれば、そのサンプル値の時系列から元の連続的な音声信号を、必要な品質で復元できます(標本化定理)。

(2) 量子化の細かさ
下図は横軸の連続値を縦軸の離散値に変換する量子化(AD変換)の原理を表しています。

img5.gif

サンプル値が横軸の赤い区間にあれば、この区間を一つの値(縦軸の赤い点)で代表するという原理です。 この結果、連続値をとびとびの値で近似することができます。 まず、入力の最大振幅が余裕をもって収まる範囲 (dynamic range ) を決めます。そして、この範囲を量子化しますが、上図の階段の数が大きいほど量子化の精度が上がります。 実際は、どこで妥協するかですが、電話品質に見合う量子化の数は256です。 256個の点は8桁の2進数

00000000,  00000001,  00000010,  00000011,  …… , 11111111

で表すことができます。 このようにして、一つのサンプル値は8桁の2進数に変換されることになります。

このようにして、電話品質に相当する音声をパルス系列に変換すると、その速さは、

 8k [サンプル/秒] ×8 [パルス/サンプル] = 64k [パルス/秒]

となります。 我々は、慣習として、1秒間に送る2値パルスの総数を

 ビット/秒 !

で言い表していたわけです。 

現行の日本の携帯電話 PDC:(Personal Digital Cellular)、あるいは PHS (Personal Handyphone System ) では、マイクロフォンから受けた音声信号をまずAD変換器によって64k[2値パルス/秒]のディジタル信号に変換します。 ところが、実際に端末から送信されるディジタル信号は、PDCでは8k[2値パルス/秒]程度、PHSでは29k[2値パルス/秒]程度と、大変低い値です。 64k[2値パルス/秒]も、8k[2値パルス/秒]も、29k[2値パルス/秒]も、同じ品質(さすがにPDCの品質は良いとはいえないが、でも用件を満たす最低品質)の音声信号を運んでいるとすれば、PDCのスピードが一番経済的なわけです。 では、

 我々が許容できる最低速度はどれぐらいでしょうか? 

これは主観評価になってしまいますが、この最低速度がほぼ音声信号の本来もっている1秒当りの情報量に相当します。 もともと”ビット”はこの情報量を測る単位なのです。 もしPDCの8k[2値パルス/秒]が品質の限界を表しているとすれば、これを音声信号の1秒当りの情報量と考えることができ、ここで始めて8k[ビット/秒]と書くことができるのです。 我々が、なにげなく使っている”ビット/秒”は、本当は”2値パルス/秒”というべきですが、あえて冒頭の言葉を正当化するならば、

 このモデムは、1秒間に最大64kビットの情報量を運ぶことができる

と解釈すべきなのです。 そして、”最高速度が64k[ビット/秒]のモデム”を用いれば、8k[ビット/秒]のPDC音声信号を

 約8倍の速さで あるいは 約8人分を同時に

送ることができます。 このような結果を、

 約1/8に情報圧縮できた

といっています。 すなわち、約7/8は電話の用を果たすには無駄な(冗長な)部分だったというわけです。