パルスの歪み    pulse distortion

 実際の伝送路は信号の波形歪みを引き起こします。 同軸ケーブルや電話の加入者線などの有線通信ではケーブル自体やいろいろな中継装置(フィルターや増幅器など)が歪みを発生します。 移動体通信などでは、電波の反射や回折によるマルチパス が大きな歪みの原因となり、しかもレーリーフェージングを引き起こします。 これらの歪は線形として扱っていますが、衛星通信や地上無線の大電力増幅器では非線形歪みも問題となります。

ディジタル通信専用に設計されたCATV やADSLや光ファイバーなどの有線伝送路では、チャネル内の周波数特性をできるだけ透明(無歪み)になるように設計し、パルスの歪を小さくし、多値パルスを用いて高い情報伝送速度を実現しようとします。 

もうアナログモデムの時代は終わりましたが、アナログの電話回線を用いて高速通信を実現するために、非常に高い技術が開発されました。このページは、昔々の話ですが、伝送技術の基本を理解することができます。
アナログ電話回線は、もともと音声だけを対象とし、音声品質を保証する目的で作られました。 ぼくたちの 聴覚 では、音声を周波数スペクトルの時間変化 で知覚します。 最終的な受信者が人間の耳であるという前提に立つと、周波数の振幅特性のみが平坦になるように設計すればよかったわけです。 周波数の高低によって位相特性(遅延特性)が少々曲っていても、耳は遅延特性に鈍感だからです。 したがって、アナログ電話回線は、振幅特性はできるだけ平坦、遅延特性は野放しという考え方で設計されていました。

 : 人間の片方の耳の構造は音波の電力スペクトルを感知しています。音源がどの方向にあって、それがどちらへ動いているかという3次元情報は両耳から入力される音の遅延特性の差によって感知されます。 したがって、ヘッドフォンを付けて、両耳の遅延特性を復元させてやれば、完全な立体音を聞かせることができるはずです。 いわゆる3Dサウンドは、人間の頭や耳や肩で複雑に反射・回折する状況を振幅と遅延の特性で実現し、両耳のヘッドフォンに出力しています。 こうして、虫が周りを飛び回るVirtual Reality を鮮やかに作り出すことができます。 これは、二つのスピーカーでも可能です。 たとえば、http://www.arns.com/ に3Dサウンドが陳列してありので、視聴してみてください。

このようなチャンネルを用いてディジタル伝送をすると、パルス波形はものすごく歪みます。 理想的にアイの開いたディジタル信号を送信しても、下図のようにアイがふさがってきます。

 

実際のアナログ電話モデムでは、アイの痕跡がないぐらいに閉じてしまうのが普通です。 しかし、多くのモデムには等化器が内臓されており、これによって閉じたアイを開かせます。

ぼくたちがディジタル通信を楽しめるのは
等化器のお陰なのです。

ほとんどの等化器はトランスバーサルタイプですが、歪みの除去能力はその長さで決まります。 アナログ電話回線用モデムではメーカーによって違いますが 40 タップから 60 タップぐらいです。 チャンネルの周波数特性を  とすると、次の特性がシンボルレート等化器の入力です。

この逆数が理想的な等化目標になります。 第1項と第3項が第2項に重なる部分はロールオフ領域です。 もし、 がさざ波のような細かい変化や急激にゼロに落ち込むような谷をもっていれば、そのフーリェ級数の展開係数は高次まで大きな値をもちます。 このことは、等化器がそれを除去するために多くのタップ数を要することを示しています。 逆にいえば、周波数特性の大きなうねりは、それがどんなに大きくても短い等化器で完全に除去できてしまいます。 等化器にとって除去しにくい歪みは、第一に通信路で通過するフィルターの細かいリップル(さざ波)や帯域端の急峻な特性変化、そして第二にサンプリング位相の大きなずれによるスペクトルヌル です。 第二の歪みは、サンプリング位相を適切に制御するか、あるいはダブルサンプリング等化 を採用すれば解決できます。 第一の歪みは、多くの場合フィルター設計者の無知からきています。 帯域ぎりぎりまで厳格過ぎる仕様を与えることは、周波数特性の細かいリップルや急峻な位相回転を発生させ、かえって等化器で除去できない歪みを作ってしまうことに注意すべきです。 以上は、主に有線通信を念頭にしていますが、移動通信などではマルチパスによる歪みが生じます。 この歪みは移動によって高速に時間変化します。 詳しくはレイリーフェージング を参照してください。 この結果、帯域内にもスペクトルヌルが発生します。 帯域内部のスペクトルヌルは等化器で解決することはできませんので、移動通信ではチャンネル応答をそのまま同定する方法が採られています。 詳しくは、最尤系列推定ビタビ・アルゴリズムブランド・ビタビ・アルゴリズム を参照してください。