ロシア・極東プリモーリエ地区に点在する鉱泉を訪ねて

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図1 > 図2 > 図3 

プリモーリエ地区に湧出する湧水研究の経緯

 古くからこの地区に存在する“湧水”に関する研究の歴史は19世紀の終り頃,ウスリースク(Ussuriysk)市北部,ハンカ湖 (Lake Khanka)に近いシュマコフカ(Schmakovka)の二酸化炭素分圧の高い鉱泉水の化学分析に端を発します。この鉱泉水の化学分析はボガコフ (Bogatkov, N. M.) ,シチェヴァ (Sicheva, A. F.) ,アヴデェエヴァ(Avdeeva, A. B.) 氏らが中心となり,Far East Geological Survey, Central Institute of Health and Physiotherapy, Primorye Territorial Geological Survey の各研究所を核とした科学プロジェクトとして行われて来ました。これらの膨大な分析データのごく一部はすでに出版されましたが,残るほとんどのデータがFar East Geological Survey と Primorye Territorial Geological Survey の両研究所に蓄積され保存されてきました。

 ここ60年間においてはプリモーリエ地区の湧水の研究はウシャキン (Ushakin, E.P.) 氏が中心となって行われて来ましたが,「これらの鉱泉水を保養地の目玉として活用できないか?」ということが話題に上り,実際にシュマコフカ群のウスリースク部分が開発されたという経緯があります。また,チストヴォドノエ(Chistovodnoe)群の熱源の調査,ラストチカ(Lastochika)群とゴルノヴォドノエ (Gornovodnoe) 群の鉱床の調査やディミトリエフスキー (Dmitrievsky) 地区の水を将来どのように活用出来るかという可能性の検討も行われてきました。

 さらに,各地区ごとの鉱泉水の起源等も調査され,ロシアにおける鉱泉水を取り上げた本の中の一節として「プリモーリエ地区の鉱泉水」として紹介されています(Ushakin, 1969; Chudaeva et al., 1999)。

 このプリモーリエ地区には100以上もの鉱泉水の存在が明らかになっていますが,各鉱泉における湧出量はさほど多くはなく,今後どの様に活用して行くかといった見通しは立っていません。その反面,数地区において新たな掘削がなされ,各鉱泉における湧出量も増大しているという報告もあることから,徐々にこの地区における鉱泉水の将来的展望も示唆され始めています。

 また地質学的にみますと,この地区における火山活動は鮮新世に記録されたのが最後です。地質学上,この地区は西側の原生代から古生代の層と東側の中生代から新生代の層の二つに分けることが出来ます(Khanchuk et al., 1996)。今回取り上げた冷鉱泉の中で,ハンカ湖近くのシュマコフカ群に属するメドヴェジ(Medveji)とアヴデェエフスキー (Avdeevsky) は西側の古い地層に,それ以外の冷鉱泉は東側の新しい地層に属することがわかっています。

二酸化炭素を大量に含んだプリモーリエ地区の鉱泉水の紹介


写真5シュマコフカ鉱泉群の中心となる場所

 ウラジヴォストク市から約95km北のウスリースク市を通り,さらにハバロフスク方面に向かって約200km 行ったところの街道沿いに,何台もの車が駐車している場所がありました。それぞれの車から降りる人々は手に手に数十リットルは入るであろう大きなポリタンクや空いたペットボトルを持ち,入り口でいくらかのお金を払い数m先の半円形の屋根のある場所(写真5)へと急いでいました。その屋根の真下にはH型をしたパイプがあり,その4ヶ所から無色透明の水が出ていました(写真6)。ボトルを持った人々はそこから水を汲んで各家庭に持ち帰る様でした。その水を口にすると,私は昔の錆びた鉄管の水道水の味を思い出しました。ロシア・ウラジヴォストクの夏は湿気がないものの,気温に関しては日本とあまり大差無く非常に暑いので,冷たくさらに炭酸が含まれているこの鉱泉水は非常においしかったことを思い出します。ただし,その無色透明だった水は一旦ボトルに入れ放置しておくと時間の経過とともにガスがぬけ,赤い沈殿が析出して来ました。この沈殿物は が酸化されて に変化したためと考えられます。

 皆がミネラルウオーターをボトルに詰めている位置からハバロフスク方面に約2km車を走らせ,進行方向左側に曲がりそこから1km行ったところにも井戸が二つありました。この場所はメドヴェジという場所(写真7)で,われわれは奥の方の井戸から試料を採取しました。ここには先程の場所と同じくらいの人々が水をボトルに詰めていましたが,先の場所と異なっている点は井戸の口が一つだけである事,無料である事,整備がされていないことでした。井戸の口が一つだけなので水をとるのに時間がかかっていましたが,皆嫌な顔をせずに自分のボトルを置いて順番を待っていたのが印象的でした。特にわれわれは調査のため他の人々より多くの時間がかかってしまい他の人々に迷惑をかけてしまいましたが,周囲の人々は嫌な顔をするどころか興味深げに手伝って下さいました。この場所ではそれほど多くの赤い沈殿物は観察されませんでした。


写真6

写真7メトヴェジ鉱泉

 

 


写真8アヴデェエフスキー鉱泉

写真9一面牧草地の広がる中に位置しています

 ここからウラジヴォストク市とハバロフスク市を結んでいる街道に戻り,その道を約1km ほどハバロフスク方面に進み,さらに先程と同じ方向に曲がり,直線道路を約12km ほど入った湿地帯と思われる原野の中に直径60cm のコンクリート製の管が埋め込んでありました。コンクリート製の管の縁からわずかですが水が流れ落ちているのが観察されましたが,その量はそれほど多くはなく,この鉱泉の湧出量はあまりありませんでした。また,時折溜まっている水たまりの底の方から大きな気泡が出て来る事も観察されました。この場所は牧草地で,よくこれほどまで積むことが出来ると感心させられるほど沢山牧草を積んだトレーラーが行き来している場所でもありました。ここはアヴデェエフスキーという鉱泉(写真8写真9)です。

 先程のミネラルウオーター飲泉場と二ヶ所の井戸を含めた地区はハンカ湖の東側にあり,図 1 の 1, 2 とその周辺に位置します。これらの鉱泉はシュマコフカ (Shmakovka) 群に属しています。この鉱泉群は西部にある ハンカ (Khanka) 断層地塊とその東側のプリモーリエ地区南部を構成しているシホテアリン (Sikhote - Alin) 地殻構造の中間に位置しています。

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