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東邦大学名誉教授
小林 芳郎

マクロファージ-死細胞を取り込んだマクロファージの応答-

私たちの研究 マクロファージと死細胞 未熟樹状細胞と死細胞 個体レベル

私たちの研究 (1) -マクロファージと死細胞-

 1995年秋のことである。大勢の3年生が研究室での卒業研究を希望して、話を聞きにやってきた。そのころ私は、以前から気になっていた、死細胞を取り込んだマクロファージのサイトカイン産生を、卒業研究のテーマに取り上げるつもりでいた。調べた限りでこのような研究をしているグループは皆無だったからである。

 炎症のマーカーのひとつ、トロンボキサンB2、が産生されない(J Leukoc Biol. 52, 269-273, 1992)という結果は発表されていた。これを根拠に英国のJ Savillらは1993年に、アポトーシス細胞を取り込んだマクロファージは非炎症性応答(nonphlogistic response)をすると述べていた(Immunol Today. 14, 131-136, 1993)。しかしサイトカインを調べた結果はなかった。ただ、私たちが実験を計画した翌年には、GM-CSFが産生されないという結果が報告された(Am J Pathol. 149, 911-921,1996)。

 もちろんIL-10やTGF-βやIL-1RA(レセプターアンタゴニスト)など炎症を抑えるサイトカインが産生されることを予想していたが、念のため炎症を起こすサイトカインIL-1αやIL-1βやTNF-αも調べることにしていた。私はこのテーマをEU(当時博士課程1年)とTKにやってもらうことにした。

 翌年(1996年)、研究がスタートした。このときアポトーシス細胞はIL-2依存性のCTLL-2細胞をIL-2非存在下28時間培養したもの(後期アポトーシス、ひとによっては2次的ネクローシスともよぶ)を用い、マクロファージはチオグリコレート培地で誘導された腹腔マクロファージを用いた。結果はとても驚くべきもので、共培養によって、ケモカインのひとつMIP-2のmRNAが大量に産生され、共培養の上清をマウス腹腔に投与するとおびただしい数の好中球が集積したのである。マウス腹腔への投与実験は当時博士研究員だったDYが行った。お恥ずかしい話だが、最初私たちはマウスでIL-8を調べようとしていた。マウスではそのホモログがMIP-2とよばれることを知らないでいたのだった。ことほどさようにこれは想定外の結果だった。以上の結果がそろったのはスタートしてからちょうど1年目だったと記憶している。私はこれをいわゆるbig journalに出そうとして拒絶され、最終的にBBRCに受理された(→BBRC 239, 799-803, 1997)。発表されたのは1997年10月29日だった。

 すると翌月NatureにVoll REらが Immunosuppressive effects of apoptotic cells という論文を発表した(Nature, 390, 350-351, 1997)。内容はヒト単球をアポトーシス細胞(初期アポトーシス、ひとによっては単にアポトーシスとよぶ)と共培養するとIL-10が産生されるというものだった。実は単球はマクロファージと異なりアポトーシス細胞を貪食できないことが知られていた(Nature 242, 170-173, 1990)ので、彼らの結果は貪食とは無関係の応答である。

 続いて、ヒト単球由来マクロファージとアポトーシス細胞(初期アポトーシス)の共培養によって、TGF-βが産生され、IL-10やIL-8やIL-1βは産生されないという、Fadokらの論文が私たちのBBRCの論文よりも4ヶ月あとに出た(J Clin Invest. 101, 890-898, 1998)。その後の研究で貪食とサイトカイン産生は関係しないことがわかってきた。

TGF-βは多くが前駆体として分泌される。市販のELISAキットは前駆体と成熟体を区別できない(とされている)ので、サンプルを酸エタノールで処理して、すべて成熟体に変換してから定量するのが普通である。一方、血清には無視できない量のTGF-β前駆体が含まれているので、研究者は無血清培地で実験をする。Fadokらも同様だった。血清はアポトーシス細胞の取り込みを促進する作用がある(異論もある)ので、無血清条件は問題をはらむ。

 これら2つの論文、特に後者は現在も非常によく引用されている。おそらくその理由のひとつは、この結果が生体内でアポトーシス細胞が炎症を伴うことなく処理されているということとよく一致するからであろう。

 一方、TKと同期のKKは、アポトーシス細胞の取り込みの定量化、というテーマで卒業研究を行った。翌1997年KKは大学院に進学し、引き続きヒト単球様細胞株THP-1をPMAでマクロファージに分化させたものを用いて、アポトーシスCTLL-2細胞と共培養し、貪食をフローサイトメーターで定量化する一方、サイトカインmRNAをRT-PCRで定量した。結果、アポトーシスが初期から後期へと進むにつれ、貪食されやすくなり、IL-8が多量に産生された。この仕事を論文に投稿したのは1998年2月、受理されたのは7月、発表は12月だった(→J Immunol 161, 6245-6249, 1998)。KKはこの論文発表などが評価され、日本学術振興会のDC1に採用された。

 さてこの領域の研究者は私たち自身も、マクロファージとして、単球由来マクロファージ、PMAで分化させたTHP-1細胞、チオグリコレート培地誘導マクロファージなどを用いており、正常な組織マクロファージを用いた例はなかった。そこでKKはマウス肝臓からKupffer細胞を、マウス肺から肺胞マクロファージをとりだし、調べた。するとこれまでと同様、後期アポトーシス細胞(ひとによっては2次的ネクローシスともよぶ)との共培養によってMIP-2が産生された。またこれまでと同様、初期アポトーシス細胞(ひとによっては単にアポトーシスともよぶ)でも程度は低いもののMIP-2が産生された。

 つまりアポトーシス細胞とマクロファージの共培養に伴うMIP-2産生はマクロファージの種類によらないし、正常な組織マクロファージでも見られることが明確になった。この結果は最初J Leukoc Biolに投稿したのだが、これまでの結果を確認しただけだという意味のコメントが返ってきて、ひどくがっかりした記憶がある。最終的には他の雑誌に受理された(→Cell Immunol 211, 1-7, 2001)。これはとても重要な発見だと私は今も考えている。

 

まだ論文にはなっていないが、最近TMは肺胞マクロファージについて興味深い事実を発見した。肺胞マクロファージは腹腔マクロファージに比べアポトーシス細胞の貪食能がかなり低いにも関わらず、MIP-2をより多く産生したのである。このことは貪食とMIP-2産生がパラレルではない可能性を示す。実際、貪食をサイトカラシンBで抑制してもMIP-2産生はほとんど抑制されなかった。接触だけでMIP-2産生が起こるのであろう。これを発展させて、TYは、腹腔常在マクロファージ、肺胞マクロファージ、マウス骨髄細胞をM-CSFまたはGM-CSFによって分化させたマクロファージを用いて、後期アポトーシス細胞の貪食とそれに伴うサイトカイン産生を調べた。すると腹腔常在マクロファージとM-CSF誘導マクロファージは、MIP-2とIL-10を、残りの2つは、MIP-2とIL-12p40を産生し、いわゆるM2、M1マクロファージに対応していた。貪食については、肺胞マクロファージだけが他のマクロファージに比べ能力が低かった(→Cell. Immunol. 251, 124-130, 2008)。マクロファージの型によって、死細胞に対する応答が異なることは、他の研究者によっても認められている。TYはこれらの業績により2009年3月に理学博士の学位を取得した。

 さてKKの最初の論文をJIに投稿したときreviewerから指摘されてヒト単球由来マクロファージでも実験をした。すると同様にIL-8が産生された。この結果は予想されたとはいえ、とても重要だった。私たちはFadokたちと異なりヒト血清を用いないで、M-CSFで単球由来マクロファージを誘導していたからである。

その理由は、私自身がかってヒト血清で単球由来マクロファージを得ようとして、再現性のなさに苦労したからだった。

 そこでKKはただちにヒト血清の影響を調べ始めた。得られた結果は驚くべきものだった。マクロファージ(ここではPMAで分化させたTHP-1細胞、ただし単球由来マクロファージでも同じ結果が得られている)に後期アポトーシスCTLL-2細胞(ただし他の後期アポトーシス細胞でも初期アポトーシス細胞でも同じ結果が得られている)を加えて共培養するときにヒト血清を加えるとIL-8産生が抑制されたのである。しかしネクローシス細胞(凍結融解を3回繰り返して得た)ではこのような効果は見られなかった。

 ヒト血清のかわりにプールされたヒトIgGを加えてもやや弱いものの同様に抑制が見られた。そしてこのときIL-10とTGF-βが産生された。ヒトIgGの受容体のうちFcγRIはヒトIgGに高い親和性で結合するので、これに特異的な単クローン抗体で処理してFcγRIをダウンモジュレートしてその効果を見た(下図、黒いバー)ところ、ヒト血清の効果もヒトIgGの効果もなくなった。

 KKがこの結果をセミナーで初めて報告したとき、結果があまりに美しく、にわかに信じられない気持ちになったことを覚えている。いずれにせよ現在はヒト血清の中にFcγRIに結合する別な分子が存在している可能性があるのではないかと考えている。

 TGF-βの市販のELISA(BioSource)は成熟体だけを定量でき、血清を含むサンプル中のTGF-β量も測定可能であることが偶然わかったので、私たちはサンプルを酸エタノールで処理していない。

 この結果はFadokらの結果と私たちの結果の違いをみごとに説明するだけでなく、組織でアポトーシスが起こったときには何らかの目的でまず好中球が集められ、やがて血清成分が組織に浸透すると炎症性の応答が抑制されていくのではないかと予想させた。

 この考えをある有名な免疫学者に話したところ、組織には血清成分が常に来ている、そうでなければ組織は生きていけないはずだ、との返事だった。しかし炎症が起こると血管透過性があがりエバンスブルーという色素が組織に漏洩するが、正常だとなかなか漏洩しないと言われている。したがって量的にはとても少ない血清成分が存在するのかもしれない。

 この結果を論文として発表するのには大変苦労したが、2年かかってようやく受理された(→J Leukoc Biol 71, 950-956, 2002)。後にKKはこの予想を模式化して、マクロファージがアポトーシス細胞を取り込んだあとの応答の制御機構を生化学のミニレビューに発表した。

(生化学 75, 59-62, 2003)

 さきに述べたように、アポトーシスが初期から後期に進むにつれ、マクロファージに貪食されやすくなり、IL-8が産生されるようになる。ではアポトーシスが始まったばかりの、きわめて初期のアポトーシス細胞ではどうだろうか。こう考えて、KKはようやくPSが検出されるぎりぎりの時期のアポトーシスを中心に、貪食のされやすさ、IL-8産生などを検討した。

 図に示すとおり、すでにIL-2除去後4時間目の時期で一部貪食された。この時期の細胞はマクロファージ(PMAで分化させたTHP-1細胞、単球由来マクロファージ)と共培養してもごくわずかのIL-8産生しかおこさず、かといってIL-10やTGF-βがかわりに産生されるわけでもない、つまりはほとんど無応答であることがわかった(→J Immunol 171, 4672-4679, 2003)。

 先の模式図にはこの結果も含めてある。

 前にも述べたように正常の個体でアポトーシス細胞を検出するのは一般にとてもむずかしい。これはアポトーシス細胞が現れるや否やすみやかに貪食されているためだと一般に考えられている。たとえば正常なマウス胸腺ではアポトーシス細胞はマクロファージに取り込まれた状態で検出される(Nature 372, 100-103, 1994)。このことを考えるとKKの発見は生理的にとても重要な意味を持っているように思われる。

 KKは2002年3月これらの業績により理学博士の学位を取得した。

 実は初期アポトーシス細胞は後期アポトーシス細胞に比べ貪食されにくいことが最近SSによって明らかにされた(→J Biochem 141, 301-307, 2007)。アポトーシスは足並みを揃えて進むと思われがちだが、細胞一つ一つのレベルでは集団で観察するよりも急激にかつバラバラに進行する。集団ではそれらの平均を見ていることになる。おそらく貪食されやすい後期アポトーシス細胞は初期アポトーシス細胞が多い時期にも少数存在していて、それが時間とともに増加したのであろう。

 さてアディポネクチンは肥満とインスリン抵抗性や心疾患を関連づける重要な分子で、肥満などで血中レベルが低下する。アディポネクチンは、LPS刺激されたマクロファージからの炎症性サイトカイン産生に対し抑制的に、抗炎症性サイトカインに対しては促進的に作用することから、これまで抗炎症性ホルモンと考えられてきた。ところがSSは、昭和大学の中野泰子らとの共同研究により、ヒト血漿由来高分子量アディポネクチンがLPS非存在下ではヒト単球由来マクロファージの後期アポトーシス細胞の貪食とIL-8産生を抑制するのに対し、LPS存在下では両者を促進することを発見した。したがってアディポネクチンは抗炎症性ホルモンではなく、両面性を持った自然免疫調節因子であると考えられた。以上の結果は、アポトーシス細胞の取り込みに伴う応答の新たな制御機構を明らかにしたものといえる(→BBRC 334, 1180-1183, 2005)。SSはこれらの業績により2006年3月に理学博士の学位を取得した。

 私たちは以上のようにこれまで、マクロファージが後期アポトーシス細胞(ひとによっては2次的ネクローシスともよぶ)を取り込むとIL-8やMIP-2を産生する、しかしTNF-αやIL-1などいわゆる炎症性サイトカインの代表は産生されないということを発表してきた。そして、

  (1)ヒト血清、特に正常IgG、による抑制

  (2)きわめて初期のアポトーシス細胞の取り込みには炎症性も抗炎症性も応答が起こらない

  (3)アディポネクチンによる抑制、によってその応答が回避されている

との考え方を示してきた。ただし(1)については、マウスではこれまでのところヒトほど強い効果が見られていないという問題点がある。

 いずれにしても、これらの機構が実際に働いているかどうか今後さらに検討していかなくてはならないし、まだまだ未知の機構によってこれらの応答が制御されている可能性も十分に残されていると考えている。

 最近TSはマクロファージが初期アポトーシス細胞と共培養されると大量の一酸化窒素(NO)を産生し、これがMIP-2産生を抑制していることを見出した(→J Leukoc Biol 80, 744-752, 2006)。大変興味深いことにこのNO産生はマクロファージが後期アポトーシス細胞(ひとによっては2次的ネクローシスともよぶ)と共培養されても起こらなかった。さらにNOドナーを外から加えると後期アポトーシス細胞によるERKのリン酸化やIkBの分解が抑制され、それによってMIP-2産生が抑制された。またマクロファージと初期アポトーシス細胞の共培養によってTGF-βが産生されたが、抗体によってTGF-βを中和してもMIP-2産生は影響を受けなかった。これらは上記の(2)に説明を与えただけでなく、MIP-2産生の調節におけるNOの重要性を明らかにしたと考えることができよう。この論文は日本人研究者としては初めてJ Leukoc BiolのPivotal Advanceに採択され、EditorのOppenheim博士からの電話インタビューを受けたり、表紙に私の写真が掲載されたりした。東邦Nowでも知らせていただいたのでご存知の方もおられるかも知れない。