東京湾海藻日誌

東京湾の海藻(6)

緑藻ナヨシオグサ

1996年8月27日

吉崎 誠

ナヨシオグサ

 8月に入ると、ポートタワーの下に打ち上げれれる海藻はほとんどアオサとオゴノリだけになってなってしまった。

 ホソバミリンやウスバアオノリもあるにはあるが、とても量は少ない。

 8月15日に台風12号が日本海岸を北に進んだ。千葉県は台風のコースからは外れていたが、台風が北上するにつれて南からの風が吹いた。この風の影響があるのではないかと期待して16日にポートタワーの下に採集に行ったのだが、期待は見事に外れた。これまでになく、海にゴミはなく、海藻もこれまでで一番少ない。

 相変わらず、アナアオサはあるのだがこれも少なく、オゴノリも少なかった。ずいぶんと風が吹いたのだから船橋あたりでたくさん見られる大型のウスバアオノリが吹き寄せられてもよいと思うのだが、これも決して多くはなく、よほど注意しないとその破片さえも採集は難しいものであった。風速20mくらいの風では、東京湾奥の海藻が入れ替わってしまうほどの影響を受けることはないのだろう。

 7月から、ほんのわずかだが、ナヨシオグサ(Cladophora sericea (Hudson) Kuetzing = Cladophora gracilis (Griff.) Kuetzing)のかけらが採集された。8月にはさらに少し増えたものの、よほど注意しないと採れないし、また採集してもほかの海藻とは別の入れ物に入れて注意してもって来なければどっかに紛れ込んでしまい、押し葉作りもむつかしいほどである。

 まだ、10cmほどしかない小さなものだが、よく成長すると50cmをこえ、密に分枝するのでフサフサの団塊状になる。髪の毛よりも繊細であるが、手触りは髪の毛のようである。

 このナヨシオグサはヨーロッパに分布する種類で、わが国では東京湾からしか知られていない種類である(吉崎1996)。東京湾では時にたくさん増えて漂い、海苔の養殖網にからまったりする。繊細な分枝した、美しい緑色の海藻を東京湾で採集したらこれである。顕微鏡で観察すると、主枝は直径100〜150μm、小枝は偏生し、小枝の先端は尖らない。は8月16日に採集したものをスケッチしたものである。

◎シオグサの仲間達:緑色をした繊細な海藻で、顕微鏡で観察して単列糸状の細胞が並び、規則的あるいは不規則的にでも分枝していれば、それはシオグサ属の仲間である。細胞を顕微鏡で観察して、若い細胞には角ばった小盤状の葉緑体が細胞壁にビッシリとならび、体基部の細胞には葉緑体が細胞の中で網目状に並んでいればもう間違いなくシオグサの仲間である。葉緑体には二枚のレンズを並べたようなピレノイドがある(bilenticular pyrenoid)。シオグサの仲間には、分枝するシオグサ属(Cladophora)の仲間、分枝しないジュズモ(Chaetomorpha)の仲間と、仮根を生じるネダシグサ(Rhizoclonium)の仲間があり、これら3属がシオグサ科のメンバーである。分枝した枝が互いに接着して網目状になったりするウキオリソウ科の仲間と一緒にシオグサ目を構成している。シあオグサ目の特徴は、体構造が管状であること、体細胞は核分裂と細胞分裂とが同調しないために多核であること、配偶体と胞子体とが同形同大であることなどがあげられる。

 シオグサ科植物はわが国には海にも淡水にもたくさんの種類が生育し、40種を超える。千葉県に生育するシオグサ科植物は以下の13種である。

 
1
体の仮根は一次的に形成されたものと、不定的に形成されたものとがある 2
1
体の仮根は一次的に形成されたもののみ(Section Japonicae Sakai) 3
2
体の下部の節間部は環状のくびれをもたない(Section Opaca Sakai) 9
2
体の下部の節間部は環状のくびれをもつ(Section Regulosa Sakai) 12
3
主枝の直径は200μm以上 4
3
主枝の直径は200μm以下 6
4
仮根は糸状根が密に接着して盤状形;小枝は少なく、互生またはやや偏生 カタシオグサ
4
仮根は糸状根が密に接着していない;小枝は密生、束生 5
5
基部の節間部は環状の線状模様をもつ:小枝の直径は60〜130μm アサミドリシオグサ
5
基部の節間部は環状の線状模様をもたない:小枝の直径は150〜300μ オオシオグサ
6
小枝は不規則に出るか、または互生,体は絡み合って団塊状;小枝は密生し、径は15〜35μm ワタシオグサ
6
小枝は偏生 7
7
体はヌルヌルしない ナヨシオグサ
7
体はヌルヌルする 8
8
枝は二叉状で、直径は(10-)15〜25(-40)μm ミヤヒシオグサ
8
枝は二叉または三叉状、枝の頂端は尖頭 タマリシオグサ
9
淡水産 カモジシオグサ
9
海産 10
10
体高1cm以下 カイゴロモ
10
体高1cm以上 11
11
体は柔らかく、短く、高さ約2cm以下、主枝の直径は100μm以下、小枝の直径は35〜70μm、小枝は偏生し、しばしば鈎状に曲がる。 マキシオグサ
11
体はいくらか剛直で、高さ2cm以上、主枝の直径は100μm以下、小枝は偏生し、その直径は上方に細くなる ツヤナシオグサ
12
潮間帯上部に生育;主枝の直径は170〜320μm クロシオグサ
12
低潮線以深に生育;主枝の直径は800μmにおよぶ チャシオグサ

◎観察材料としてのシオグサは何がよいか。

千葉県には13種もの海産シオグサ属(Cladophora)植物が生育する。臨海実習でそれらの中の何種類かを採集して分類を検討することもよいだろう。大きさも、色も、生育場所もそれぞれ異なっておもしろい。30cmもあるような大型のシオグサ属植物を大型のまま培養し続けることは無理なことであるが、数個の細胞であれば、1週間に1度も培養液を交換してやるだけで培養はいたって簡単である。葉緑体や、ピレノイドの観察にはこれで十分である。しかし、臨海実習の経験がなく、海藻の採集をしたこともないという人には簡単に入手できるシオグサ属植物としてマリモ(Cladophora sauteri (Nees) Kuetzing f. sauteri Sakai)をすすめる。 マリモ

 阿寒湖に生育するマリモは、国の特別天然記念物に指定されている淡水藻である。毬のように球形であることからこの名があり、阿寒湖のものは特に球形のマリモとして有名であるが、マリモは湖の底にマット状に生育していることが多い。阿寒湖のマリモは厳重に保護されているのだが、マリモは阿寒湖だけでなく他の淡水湖や汽水の湖沼にも生育している。

 北海道を旅行すると、土産物店の店頭にマリモがたくさん並べられている。阿寒湖のマリモとは決して書いていないが、種類としては阿寒湖のマリモと同じものであり、シオグサ属植物である。これら市販のマリモは人工的に培養したもので、マット状に成長したものを集めて丸めたものである。市販のマリモを研究室に持ち帰り、バラバラにして顕微鏡で観察すると分枝した体制、網目状の葉緑体配列が観察できる。

 図は今年の8月7日に札幌駅の土産物店で購入したものを研究室に持ち帰り、スケッチしたものである。明らかに、マリモはシオグサ属植物であることが確認できる。近頃では東京でもこのマリモが市販され、上野の土産店では札幌で買ったのと同じ物が売られていたし、船橋の東武デパートで毎年行われている北海道物産市でも売られていた。

 水槽を直射日光の当たらない明るい場所を選んで設置し、水を入れ、循環器で空気を送ってやる。そこに市販のマリモを入れておくと、球形のマリモから細い糸状の枝がのびてくる。中には水槽の壁について壁にそって薄いマット状に成長を始めるもののある。球形に保つにはマット状に広がったものを集めて手の平の間でコロコロと丸めてやればよい。

◎河口湖にはフジマリモ(Cladophora sauteri f. yamanakaenshis Okada)が生育する。毬状に丸くなったフジマリモはなぜか河口湖だけでしか見られないのだが、マット状に生育するフジマリモは河口湖だけでなく、精進湖、山中湖、西湖にも生育している。富士山麓の湖沼に生育するので、フジマリモの名があるが、分類学的にシオグサ属植物で種はマリモである。

参考文献
千原光雄 (1965) 最近のシオグサ類の研究紹介.藻類.13(1):29-38.
Hoek, C. van den (1976) Revision of the Europian species of Cladophora
中沢信午(1989)マリモはなぜ丸い.中央公論社.東京.
Sakai, Y. (1964) The species of Cladophora from Japan and its vicinity. Scientific Papers of the Institute of Algological Research, Faculty of Science, Hokkaido University, V(1):1-104, pls. I-XVII.
阪井与志雄(1991)マリモの科学.北海道大学図書刊行会.札幌.
廣瀬弘幸・山岸高旺編(1977)日本淡水藻図鑑.内田老鶴圃.東京.
吉崎誠(1996)ナヨシオグサ.千葉県の自然誌本辺1.503-504.

 

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