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白井市環境調査 -2-  樹林地調査の手引き

担当 : 地理生態学研究室 長谷川 雅美
地理生態学研究室URL:http://webbio.bio.sci.toho-u.ac.jp/lab_geoeco/geoeco.html
http://island.bio.sci.toho-u.ac.jp/geoeco/

白井市は緑の町

2005年4月25日

はじめに

早春の雑木林(白井市冨ケ沢) 白井市は緑の多い町です。私は「草地調査の手引き」のなかで貴重な草地の多い白井市は原っぱの町であるといいました。しかし、白井市を空高くから眺めた場合はどうでしょうか。みなさんも航空写真を見る機会に出会えたら眺めてみてください。樹林地の多さに気付くでしょう。そしてそこは、たくさんの生き物の暮らす大切な住処なのです。このことから、白井市は緑の町でもあるのです。

1.樹林地について

 まず、はじめに樹林という言葉について説明します。わざわざそこまで…。と感じる方もいるでしょうが、普段は何気なく使っている言葉ですら同義語が沢山あります。それに加えて学術用語なるものがあるのです。困ったことに普段使っている言葉も学術的に用いた場合、色々と定義が加わるわけです。この手引書では極力そのような言葉は使わないことにします。しかし、それでは限界もあるため、ここで簡単に紹介することにしました。
 まず、樹林とは樹木の密生している所を意味し、森や林のことをいいます。そして、学術用語としては、群落分類の最大単位という意味があります。それは熱帯雨林や照葉樹林、硬葉樹林などの群系に分類されます。ようするに、樹木の密生している所を樹林という大きな固まりとして呼ぶことにし、生えている樹木の特徴から、それを区別(分類)した結果が、熱帯雨林照葉樹林となるのです。
 余談ですが、に意味上の区別はないようです。どちらも樹木が茂る、もしくは密生する所をさします。森ほど大きくないから林という呼び方は無く、神の降下してくるところ、神社のある地の木立にという言葉が多く使われているようです。
 また、樹林に似た言葉に森林という言葉がありますが、学術的に用いる場合には、人の背丈を超えた高木からなる樹林と定義されます。

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2.白井市の樹林

 白井市の樹林のほとんどは二次林です。二次林とは、一度人の手が加わり、人の手により育まれた樹林をいいます。また、白井市は近隣の市町村と比べ樹林地の占める割合が高く、住宅地と樹林地の割合がほぼ同じです。そして、オオタカが生息していることが大きな特徴といえるでしょう。さらに、キンランやギンラン、エビネ、クマシデ、コブシなどの貴重な草花や、樹木の生育地でもあります。

伐採される林 しかし、その反面で白井市の樹林は手入れがされなくなった場所が多く、荒れています。色々な理由で伐採されて更地にされる樹林もあとをたちません。ゴミ捨て場と化している場所もあります。
 また、白井市の場合は、広大な樹林地が局所に残されているわけでなく、小規模な私有林が市内に点在していることが特徴的です。これは開発の影響を受けやすいという危険性をもっています。これらは、白井市に限らず、全国的に問題とされています。次に、そのことについて簡単に説明したいと思います。

不法なゴミの投棄が目立つ白井の林

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3.二次林の危機

 私たちの住む日本では、かなり古くから農業が営なまれてきました。森林を切り開き、耕地をつくり、その周りの自然にも色々な手を加えながら生きてきたのです。そしてそこには、里山固有の様々な生物が暮らすようになりました。
 現在、全国で二次林の荒廃や土地の転用が問題になっています。人が手を加えることで失われてしまう自然がある一方で、維持されてきた自然もあるのです。その例が落葉樹からなる雑木林や針葉樹主体の植林地です。雑木林は農村にとって大切な燃料の供給源であり、その落ち葉は肥料となりました。生長が早く、伐採しても切り株から芽吹く落葉樹の性質は、人が繰り返し利用する樹林としてとても理にかなっていたといえます。またヒノキやスギは大切な材木として利用されてきました。しかし、戦後の化石燃料や化学肥料の普及、安価な外国産材木の輸入によりこれらの役割は失われてしまったのです。

落葉樹林の比較

 では、ヒトが管理を放棄した雑木林はどうなっていくのでしょう。関東地方の低地の場合、まず、木々は生長し森は暗くなっていきます。林床には落ち葉が厚く堆積していき、ササ類におおわれてゆきます。雑木林の木々は日光が大好きです。早い生長も、しぶとい再生力もこの環境への適応の結果なのです。暗い環境では芽吹いた木々の芽は育つことなく枯れてしまいます。また、厚く堆積した落ち葉に阻まれ、草花の根は土壌に到達できずに枯れてしまいます。また、茂った林内はチョウが羽ばたくことも出来なくなるでしょう。そして、これらに変わって、日陰に強いカシやシイの仲間が侵入してきます。雑木林は照葉樹林へと姿を変え、固有の生物達も姿を消してしまうのです。この一連の変化は遷移と呼ばれ、その途中の段階である雑木林は途中相といいます。管理の放棄された植林地についても同じような経過をたどり、最終的には照葉樹林になります。

スギ植林地の比較

 何故ヒトの手によって維持されてきた自然が重要視されるのでしょうか。それは里山に暮らす、里山固有の生物にあります。
その特徴は2つあります。

まず、雑木林に依存した生活を持つ生物が多いことです。
 その例としてカタクリやフクジュソウといった早春季植物があげられます。彼らは雑木林の林床に陽だまりが出来始めた、春のつかの間に葉を展開し花を咲かせ、栄養を貯えます。そして、大型の植物が姿をあらわす頃には地上から姿を消してしまう植物達です。これらは、雑木林にとどまらず、手入れの行き届いた植林地にもみられます。また、樹上性・樹液食性の昆虫も雑木林に依存している生物といえます。これらの生物は地球が今より寒かった一万三千年ほど前、日本の低地にも落葉樹林が広がっていた時代に、その環境に適応した生物達なのです。

次の特徴として、遷移の途中相に適応している生物が多いということです。
 本来、自然界には河川の増水により生じた氾濫地、崖崩れによる崩壊地などが数多く点在し、偶発する台風や山火事、噴火による大規模な破壊と合わせて、沢山の途中相が生じる場を提供していました。しかし、それらの場所は人間にとっては望まぬ場所であり、利益に反した場所でありました。結果、それらの場所は真っ先に治水・治山事業がなされ、抑制されてしまいました。これらのことから、二次林が里山固有の生物にとって、最後の砦として機能しているのです。

やや長々となってしまいましたが、こうした背景を理解して頂くと、これから雑木林を見る目が変わってくると思います。

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4.私たちにできること

 樹林地の調査は多くの労力と時間、技術を必要とする作業となります。その一連の流れにつきましては、次項の「樹林地調査の手引き」に記載しました。長々と、書かれているうえ、専門的な説明も加わっているため、読むのが大変ですが、どのようなことをしているのか理解することは大切ですし、ご自身がどこにどのように関わっているのか明確になれば、意気込みも変わってくるのではないでしょうか。
 そして、みなさんの関わることとして、1)相観植生調査 2)管理状況調査があげられます。また、指標種の選定が出来次第、それらの分布調査も計画しています。指標種をあげる理由については、草地調査の手引書にて説明されています。指標種調査に関しては種ごとに手引書を作成する計画です。

1)相観植生調査

 相観とは植物群落の特徴的な外観のことをいいます。遠くにある林に近づくにつれて、そこに生えている樹木の様子が見えてきます。そしてある段階で「スギ林」といった判断ができるのです。一番生えている樹木や量のある樹木がそこの景色をつくります。当たり前のことかもしれませんが、とても大切なことであって、この瞬間に、その林が常緑針葉樹林樹林でありスギが優占する林であると学術的に説明出来るわけです。植物群落の分類をおこなったことになります。植生調査の第一歩はここから始まるといえ、誰でも参加することが可能です。分類群としては、スギやヒノキ、サワラなどの常緑針葉樹林の植林、スダジイやシラカシ、ヤブツバキからなる常緑広葉樹林、コナラやクヌギ、イヌシデなどの落葉広葉樹林があげられ、谷津などの湿ったところあるハンノキ林を見つけた場合は、これは区別して記録します。

2)管理状況の調査

 下草刈り、間伐、幹折れ樹木の撤去などの管理がおこなわれているかどうかをチェックします。管理の放棄されている樹林の場合、ササやタケ類の侵入や常緑樹の幼木がみられるので、そのことを記録します。これらの調査用紙はこちらで用意いたします。

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5.樹林地調査の手引き

 調査のながれとして、まず一定区画の樹林地を調べるのに何日かかるのか予備調査を行ってみて、見積もりをたてます。そして、指標種の分布調査、管理形態、相観植生調査を広範囲で行った後に、樹林の特徴を類型化、分類します。そして、改めて調査すべき樹林地を選定することにします。以下に各項目の解説です。

1.区画内の樹林地を景観レベルで把握する

樹林地を色塗りした地図 区画の地図を用いて、樹林の位置、範囲を確認し、樹林地地図を作製する。
 現地調査で、実際の位置と範囲を再確認する。消失していないか確認する。

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2.管理状況の調査

 下草刈り、間伐、幹折れ樹木の撤去、などの作業が行われているかどうかをチェックする。何も管理作業が行われていない場合、アズマネザサ、常緑樹の若木、マダケ・モウソウチクの侵入と繁茂が見られるので、そのことも記録する。

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3.相観植生調査

 スギ・ヒノキ・サワラなど常緑針葉樹の植林、スダジイ、ヤブツバキ、タブなどの常緑広葉樹林、コナラ・イヌシデなどの落葉広葉樹林の区別を記録する。低地のハンノキ林を見つけた場合は、これを区別して記録する。ハンノキ林は、小規模のため地図には示されていない場合が多いので、現地で確認することになる。

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4.記録方法

 区画の地図と、ノートを用いる。区画内の樹林には通し番号(区画25番内の8番目に調べた樹林地、25-8のように)を付ける。ノートには樹林地番号を記入した後に、管理状況と相観植生区分をチェックする。1つの樹林に相観植生の異なる樹林が含まれている場合には、枝番号をつけるものとする(例えば樹林地番号25-8にスギ植林と常緑広葉樹があった場合、それぞれを25-8-1と25-8-2とする)。相観植生の違いは管理の違いを反映しているが、その区別を厳密にしすぎるとどんどんと細分化されるので、あまりこだわらないでよい)。

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5.フロラ調査

 植生調査には目的に応じてさまざまな方法が提案されています。ここでは、ライントランセクト法を提案し、その方法を解説します。フロラ調査の目的は調査対象の樹林地内に生育している全植物のリストを作成し、植物相を把握することです。そのため、もっとも望ましい調査方法は樹林地をしらみつぶしに全て調べ上げるというやり方です。しかし、言うは易し行うは難しです。そこで、樹林地が長方形の形をしているとして、その対角線にそって樹林内を歩き、両脇5mの範囲(幅は任意)で出会った植物の種類を判定し、すべて記録するという方法を採用します。森林の植物は、林床に生育する背丈の短いものから、人の身長程度の低木、そして樹冠部を構成する高木までいくつかの階層構造を作っています。足下の林床植物と樹冠部に達する高木を同時に記録するのは注意力が散漫になって見落としがでてしまいますから、2人で役割分担をするか、高木と林床植物を分けて2回に渡ってライントランセクト調査をするとよいでしょう。見落としがないという自信があれば、1つのトランセクトを行きは林床植物、帰りは高木と分けて記録をとれば効率がよいでしょう。種類が分からない植物にであったら、標本を採集し、後で同定作業を行います。

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6.活用方法

 樹林調査の結果は、さまざまに活用されます。森林性植物の生育環境データとして用いられるのはもちろんのこと、樹林地性動物の生息環境データとして活用されます。林の面積はもっとも基本的活重要なデータで、小さな林では植物相、動物相ともに種類数が貧弱になってしまいます。林床の管理や間伐の有無は、林床の春植物の生育に大きな影響を与えます。管理の有無や管理形態の違いが生育する植物の種類構成などに影響を与えていることがわかったら、それを逆手にとって望ましい管理のあり方を提案し、実践していくことに活かせます。市民による里山管理の基礎データとして非常に重要な意味をもっています。
 次ページに示した樹林地調査票には、調べた樹林で他にどのような調査が行われたのかをチェックする欄を設けてみました。

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6.白井の樹林地調査シート

 白井の樹林地調査シート(59kb)

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