白血球のテロメア長を測って“あなたの余命を調べます”という商売があるようだが、上に述べてきたように、その真偽は推して知るべし、だろう。
“テロメア=命の回数券説”に乗って、アンチエイジング・サプリメント感覚で、飲むとテロメアが延び、ヒフの細胞が若返ってお肌つやつや、といった類の宣伝もある。発がんリスク増大の危険にご注意を!
まとめると、テロメアを延ばしても長寿や抗老化になるわけではない、と言えそうだ。
テロメアおよびテロメラーゼの研究によりノーベル賞を受賞したブラックバーンらは最近テロメアと老化の関係について一般向けの本を出版した(註10)。本書は、多くの記載が共著者である心理学者のエペルが中心になって瞑想など良好な精神状態がテロメラーゼを活性化したり、テロメアを伸ばしたり、あるいは、逆に精神的ストレスがテロメラーゼ活性を低下させたりする、という疫学調査結果をまとめたものである。瞑想によって白血球のテロメアが伸びることがどの程度心理状態と因果関係をもつのか、それが引き起こす生理的な変化との間にメカニズム上の関係があるのかなど、慎重に検討してみる必要がありそうだ。
本書の基本的考え方について気になる記述がある。たとえば『科学の世界で現在主流の考え方によれば人間の老化とは細胞のDNAが徐々に損傷を受けた結果、細胞が不可逆的に老化し、機能を失うことで起きる。(p.9)』、『加齢にともなう大半の疾患の原因は、加齢によるテロメアの短縮およびその背後にあるメカニズムに起因するのではないかという考えだ(p.10)』DNA損傷やテロメア短縮が老化の主な原因であるという考え方が老化研究分野の主流であることは決してない(詳細は註11を参照)。加齢関連疾患の大半がテロメア短縮が原因ということにも、おそらく多くの老化研究者は同意しないだろう。『最前線の科学的トピックの一つ一つを詳細に説明したりはできなかった。注意書きや但し書きも全ては載せていない。そうした詳しい情報は個々の研究がもともと掲載された科学雑誌に記されている(p.10)』一般向けの本では難しい詳細に立ち入らないのは結構だ。しかし、批判的な意見もある中で科学的な検証が不十分(と思われる)話を素人である一般市民を対象に展開するのは問題だろう。
『それ(細胞が分裂するたびにテロメアが短くなること)が細胞の老化の速度を決定し、さらにそれをもとに細胞の死期が決定される(p.19)』という記述は正しくない。本項でも書いたようにテロメアの短縮は通常の体細胞の分裂停止の時期を決めこそすれ、それで細胞が死ぬわけではない。『分裂の回数が有限であることは、70歳か80歳を超えれば健康寿命も徐々に終わりに近づく一つの理由といえる(p.23)』。繰り返すが、100歳を超えても分裂細胞の供給が枯渇することはなく、傷は治るし、免疫細胞や赤血球・白血球の産生も行われている。
本書の最も納得し難い記述は『テロメアの短縮・伸張の鍵は心理学の領域の問題だ(p.26)』というくだりである。白血球の細胞動態がストレスホルモンやサイトカインを介した心理的変化の反映であり、それが血中白血球の多くを占める好中球の細胞動態に影響してテロメア長の平均測定値を変化させている可能性はある。しかし、それが神経組織や内分泌組織を始めとする体内組織細胞に連動して影響しているという証拠はない。強いていうなら白血球テロメアが心理状態の変化の“指標”になるということだろう。
上に引用した記述のようにDNAの加齢変化に重点を置いた老化メカニズムの説明も存在するが、それは数多ある考え方の一つに過ぎない(註12)。なお著者たちはテロメアを伸ばすと謳う物質の摂取には賛同していないことも付け加えておきたい。