老化介入・老化制御

テロメアをめぐる話:テロメアの長いヒトは長生きか

テロメアとノーベル賞

 ワトソン/クリックらによってDNAの二重らせん構造が解明されて(1953年)、ほどなくDNA複製酵素DNAポリメラーゼの存在が明らかになった。真核細胞のDNA複製の仕組みが酵素レベルで解明され、動植物細胞の核DNAが染色体毎に両端がある一本の直鎖状分子として存在し、末端がない環状のバクテリアDNAとは異なることも明らかになった。詳細は分子生物学の専門書を読んで頂きたいが、前述のように真核細胞のDNA複製の反応メカニズムによるとDNA鎖の両末端部分はDNA複製酵素の特性に基づく制約によって複製されないため、複製毎にDNA鎖の両末端が短くなる。
 DNA複製メカニズム研究の初期から細胞は分裂毎に遺伝子が短縮するという問題をどうやって回避しているかが課題とされてきた(“末端複製問題”)。この問題はテロメアとテロメラーゼの発見によって解決し、ブラックバーンらは、その功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞した(2009年)。別項で説明した細胞老化モデルとされるほ乳類の培養正常二倍体細胞のテロメア短縮による分裂停止と老化・寿命の関連、さらにはノーベル賞との結びつきが強調されることがある。しかし、受賞理由は『テロメアとテロメラーゼが染色体を保護するメカニズムの発見』であり、老化については触れられていない。個体の老化や寿命とテロメアの関連はよく分かっていなかったのだ。そのため選考委員会は受賞理由に老化という文言を入れなかったのだろう。私の理解では現在でも老化・寿命との関連は明確になっているとは言えない。

クローン羊ドリーの寿命とテロメア長

 1997年、イギリスのロスリン研究所の研究者たちは6歳のメスヒツジの乳腺細胞からとった核を別の羊の脱核卵細胞に移植し仮親の子宮で発生させてクローン羊ドリーを誕生させた。成長した哺乳類の分化した体細胞の核が個体を発生させる遺伝情報を全て保持していることを証明した画期的な研究だった。山中伸哉がiPS細胞の確立でノーベル賞を受賞した際(2012年)、共同受賞者となったジョン・ガードンは1960年代後半に、カエルの腸の細胞核を脱核したカエルの卵細胞に導入して発生させ、カエルを誕生させている。
 余談だが、大学院博士課程を修了したばかりの私は細胞分化のメカニズムに興味がありガードンの論文を読んで、この発見に細胞分化や遺伝子発現の調節メカニズム解明の大きな可能性を感じ、彼の研究室で博士研究員をやりたいと打診の手紙を出した。彼は、当時研究室は一杯で近々別の大学に移ることになっているので来年までは新人は採れないと断りの返事をくれた。この領域のズブの素人だった異国の若者の頼みを断る口実だったのかもしれない。もちろん40年後に彼がノーベル賞を受賞するとは思わなかった。
 テロメアと老化の問題がトピックになっていた頃、ドリーの寿命はどうなるかということが老化研究者の関心事となった。核DNAの“回数券”に余命が記録されているのなら、ドリーは核を提供した6歳のヒツジの年齢を引き継いで生まれた時点ですでに老化が進行しているのではないか。その後、ドリーは5歳半で肺炎で死んだ。核を提供した“親”ヒツジの年齢とドリーの年齢を合わせると通常のヒツジの寿命になるが、ドリーは病死なので誕生時にテロメアが短縮していたために早死にしたかどうかは分からない。いずれにしろ死亡時のドリーのテロメアが特に短かいことはなかった。その後作製されたウシなどのクローン動物の研究によると、卵細胞に移植された成牛の細胞核はドナーの年齢を引き継ぐことなくテロメアの長さは発生初期状態にリセットされることが明らかになっている。

酸化ストレスはテロメアを短縮する

 上述のように、テロメアは細胞分裂のたびに短くなる。では、非分裂細胞の場合はどうか。分裂しないのならテロメアは短縮しないのか。実は、テロメアは酸化ストレスによっても短縮すると報告されている(註9)。
 老化モデル細胞を高酸素濃度下で培養するとテロメアが短縮し、細胞寿命が短くなった。通常、ほ乳類の細胞は95%空気5%炭酸ガスの混合気体中で培養する。この場合の酸素濃度は20%くらいである。体内組織の酸素濃度は1%くらいとされているので、培養細胞は相当高い酸素濃度に晒されていることになる。高酸素濃度下ではタンパク質や膜脂質などにも酸化傷害が起こり細胞機能を低下させる可能性があるので、細胞寿命の短縮がテロメア短縮のためかどうかは分からない。酸化ストレスの程度は酸素濃度だけで決まるわけではなく特に生体内では他の要因の影響も大きいからである。
 酸化ストレスによるテロメア短縮のメカニズムは、次のように考えられている。テロメア部分のDNA塩基配列はTTAGGGの繰り返しからなりグアニン塩基(G)の割合が大きい。4種類の塩基がほぼ均等に存在するDNAの他の部分では約4分の1がグアニンだがテロメア部分では2分の1がグアニンである。グアニンは他の塩基よりも酸化修飾を受けやすい。酸化修飾された配列をもつDNAは複製その他の機能に支障が生じる可能性があり、テロメア部分の修飾の影響は他の部分よりも大きいと考えられる。非分裂細胞が大半と考えられる脳・肝臓などでテロメアが加齢で短縮するという報告があるが、この短縮が組織中の非分裂細胞が酸化ストレスにさらされた結果なのか、そして、それが組織機能の加齢変化と関連があるかどうかは明らかでない。

その他
終わりに

 

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