老化介入・老化制御

定期的な運動あるいは身体活動と老化

運動ホルミシス:運動の抗老化作用メカニズムー有益な活性酸素

運動ホルミシス

 運動その他の身体活動は古来身体に良いとされてきました。図7, 20, 29, 30に示すように運動習慣のある人や持久的体力のある人は、実際、がん・心臓血管病・認知症など種々の加齢関連疾患による死亡率が低いことが繰り返し報告されています。運動は疾患のリスクを減らすだけでなく、例えば老化の総合的指標の一つであるADL(食事や買い物、衣服の着脱など、日常生活に必要な動作能力)の加齢による低下を遅くする(図5)ことからも分かるように、生物学的老化そのものを遅らせているように見えます。しかし、その仕組みについてはよく分かっていません。運動の有益効果がほぼ全身にわたって見られることから、組織や器官を超えた仕組みがあると想像されます。

 運動の健康増進作用が強調される一方で、活性酸素の大量産生による有害性も指摘されています。事実、激しい運動をすると有害な酸化ストレスが増加することがヒトでも動物でも証明されています。例えば、
 Mastaloudis A et al. Free Rad Biol Med 31: 911-922, 2001(50 Kmのウルトラマラソン 完走者の血中過酸化脂質指標は走前走後で1.7倍に増加)
Radak et al. Eur J Physiol 435: 439-441, 1998 (動けなくなるほど激しいランニングをさせたラットの肺タンパク質の酸化傷害が大幅に増加)

 私たちは運動習慣が有益効果をもたらすのは、適度な身体活動が活性酸素の発生によって抗酸化機能を高めているからではないかと考え、中齢から高齢のラットに定期的な運動をさせて酸化傷害のレベルを測定してみました。運動は水泳とランニング(トレッドミル上を走らせる)(図10)で、いずれも強制的に行わせています。最初は弱く次第に強くしてゆき、最終的に週4−5回、一回1時間から1時間半、二か月間運動させます。対照動物には飼育ケージから出して単に移動させる操作をしたり、ランニングの場合にはトレッドミルの上を歩かせたりします。酸化ストレス指標としては主にタンパク質のカルボニル化とDNAの塩基傷害(8-ヒドロキシグアニン産生、図では8-oxo dGと表してあります)を調べました。注目した組織は脳と肝臓です。図11を下に再掲するように(図32-1)、脳のタンパク質酸化傷害の指標、カルボニル基が水泳運動によって減少し、肝臓DNAの酸化傷害がトレッドミル運動で低下しました(図32-2:図15-3の再掲)。タンパク質カルボニル基の減少は酸化傷害分子を除去するタンパク質分解酵素プロテアソームの活性化(図24および図24−4)によると考えられますし、DNAの酸化傷害減少は修復酵素の活性化によって説明可能です(図32-3、しかし、これはミトコンドリアDNAには当てはまりませんでした。詳細な説明は論文参照)。なおDNA酸化傷害と修復については別項"老化のメカニズム:生体分子に起こる加齢変化 02‐DNAの損傷と修復"を参照。

図32-1 定期的水泳運動は中齢ラット(14月齢)の・・・ 図32-2 定期的運動は老齢ラット肝臓のDNA酸化傷害(8-oxo dG)を若齢レベルに引き下げる 図32-3 核のDNA傷害(8-oxoG)修復酵素OGG1活性は加齢で低下するが定期的運動で活性化する

 以上のような効果は、定期的運動によって産生された活性酸素に対して防御機構(酸化傷害分子の除去あるいは修復)が誘導されたためによることが示唆されます。他の研究者によって定期的運動で抗酸化酵素が活性化されることも報告されています。これも活性酸素によって酵素が誘導合成された結果と理解されています。したがって、過剰だと有害になりうる活性酸素が定期的な運動によって適度に増加すると酸化ストレスに対する抵抗性が高まると考えられます。運動によって骨格筋や心筋だけでなく脳や肝臓にも酸化ストレス亢進が起こるという報告もあり、私たちの研究でもこれらの臓器で抗酸化系が活性化されていることから、運動によって多くの組織で抗酸化活性が高まる可能性があると思われます。私たちは、活性酸素を介したこうした現象を"運動ホルミシス"と呼ぶことを提案しています。

Goto S: Geriatr Gerontol Int 4: S79-S80, 2004; 後藤佐多良:基礎老化研究29: 45-47, 2005; Radak Z et al: Biogerontology. 6: 71-75, 2005; 後藤佐多良:基礎老化研究31: 7-11, 2007; Goto S, Radak Z: J Exer Sci Fit 5: 1-6, 2007; Radak Z, Chung HY, Goto S: Free Radic Biol Med 44: 153-159, 2008; Radak Z, et al: Ageing Res Rev 7: 34-42, 2008; Goto S, Radak Z: Dose Response 8: 68-72, 2010;後藤佐多良:理大 科学フォーラム 6: 14-19 , 2010(論文タイトルは本HP の"プロフィール"中の"最近の原著論文・総説など"を参照。PDFをご覧になりたい方は私宛にEmailで請求して下さい。)

 活性酸素の大半は酸素を多く消費するミトコンドリアに由来する(図15)と考える専門家が多いのですが、必ずしもそうではありません。各種の酸化酵素(キサンチンオキシダーゼ、NADPHオキシダーゼなど)の反応によってスーパーオキシドや過酸化水素が産生されます。実際、運動による抗酸化酵素(SOD)の誘導にはキサンチンオキシダーゼの活性が必要であることが証明されています。一般に生体内の活性酸素産生におけるこうした酵素の寄与は過小評価されがちですが、状況によって意味のある寄与をします(例えば、後段の『"酒は百薬の長"と活性酸素』を参照)。

 ところで"適度な運動"とか"激しい運動"とかいう場合、どの程度の強さを言うのでしょうか。これは個々人によって違います。普段運動をしていない人がいきなり始めるとなると、鍛錬した人には何でもない運動でもかなりの負荷がかかります。したがって"適度な運動"の程度は人によって、あるいは慣れの程度によって変えるべきです。ちょっとキツイと感じる程度から始めて時間をかけて少しずつ負荷を増やしゆくのがいいでしょう。図2029にあるように散歩程度の運動でも加齢関連疾患の遅延には有効であることから考えて、どんな身体活動でも相応の効果が期待出来ると思います。